2017年2月13日月曜日

マスター・オブ・ライフ或いはファン・カルロスについて

 浦沢直樹氏の傑作漫画のひとつに『MASTERキートン』があります。保険の調査員で糊口をしのぎつつ、いつの日か自分の信ずるドナウ文明の発掘を夢見る市井の考古学者の冒険譚、ミステリーであり、また人情モノでもあります。どのストーリーを読んでも気持ちよく感動できるのですが、中でも「瑠璃色の時間」(第7巻 CHAPTER:3)という物語の冒頭が実に爽やかで心に残ります。
 イングランド、コーンウォールの海岸沿いで路線バスに乗っている少年時代のキートンに、そのバスの運転手が語り掛けます。「坊や目がいいんだな。目がいいと人生は楽しい。」「坊やはきっと人生の達人(マスターオブライフ)になれるぞ。」
 眼鏡が手放せない僕はすでに40代の半ば。僕にもマスター・オブ・ライフに近づくことができるのでしょうか?

眼差しの優しい白髪のダンディ、ファン・カルロス。
もし人生の達人がいるとしたら、それは彼をおいて他にないだろう。


 僕にとって、もしマスター・オブ・ライフと呼ぶべき人がいるとすれば、それはスペインの友人ファン・カルロスおじさんに他なりません。彼は熟練のフライフィッシャーマンであることはもちろん、フライタイヤーであり、ロッドビルダーであり、また優れたハンターでもある上に自家菜園で野菜や植物を育て・・・つまりカントリーライフを愛する真のナチュラリストだと言えます。
 前回、【狩人的小話⑦「鶏」】の中で、コック・デ・レオンを用いたスペイン風ウェットフライの「モスカ・アオガダ Mosca ahogada」について触れましたが、そのモスカについてタイイングの方法や実際の使い方を詳しく僕に教えてくれたのが、このファン・カルロスおじさんでした。まずは彼の巻くフライを見てみましょう。



 上の写真を見て「素朴でシンプル。雰囲気はあるけど昆虫のリアリティには欠ける」なんて早合点していませんか。そんな方は下の写真を良く眺めてください。無造作に摘まんだモスカ・アオガダの中に本物のメイフライ(カゲロウ)がまぎれています。もちろんカラーやテイルの有無、ウィングの加減によって水生昆虫のみでなく、甲虫など陸生昆虫のイミテーションにだってなってしまいます。近年、昆虫に写実的なフライがやたらともてはやされる傾向がありますが、僕自身はモスカ・アオガダを知るにつれフライにとって重要な「生き物らしさ」や「生命感」とは何なのかもう一度考え直すきっかけになったような気がしています。






 また奥様もよく一緒に釣りに出かけるようで、そんな時はスピニングタックルでモスカ・アオガダを投げて釣るようです。もちろん奥様が使っているのもファン・カルロスお手製のバンブーロッドです。



カラフルなUFO型飛ばし浮きがカワイイ。
釣りガール向けに流行るか?(笑)

 彼は、スペインを代表する、世界的な一大ワイン生産地であるリオハ地方の中心、ログローニョ市近郊に住んでいます。そして自然豊かな地に自分の工房を持ち、バンブーロッドを作り自分の巻いたフライで当地原産のブラウントラウトを釣っています。実りの秋になると、釣り上げた鱒を感謝を込めてリリースした後のネットに、森のキノコを詰めて持ち帰るようです。



 また狩のシーズンには愛犬を率いて丘の起伏を歩き回り、藪の中や葡萄の影に潜むウズラやウサギを撃ち、腰にぶら下げて帰るのだとか。


メインの獲物は鶉(ウズラ)。パートリッジです。

イケメンの息子さんも彼同様フライフィッシャーにしてハンター。

 今回の写真は僕が撮ったものではなく、ファン・カルロスおじさんに承諾を頂いた上で使わせてもらいました。どうもありがとう。僕はログローニョへは3度ほど訪れていますが、いずれも釣竿なしの旅でした。いつかまた今度こそ釣竿もってログローニョへ遊びに行くよ。その時はとっておきの穴場へ案内してほしいな。

 いかがでしたか。僕が長々と【狩人的小話】を書き連ねた理由の一端がお分かりいただけたでしょうか。ファン・カルロス、彼こそ僕にとって真のマエストロでありマスター・オブ・ライフです!

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