2018年8月25日土曜日

ベルギーの鱒釣り

 ベルギーのフィッシングガイドに「君の川の近くでホテルがあったら教えてくれないか」と頼むと幾つかのホテルリストを送ってくれたのだけれど、そのリストの一番上に書いてあったのが「お城」だった。


 スイスに近いフランス西部から流れ出たマース川は大きな蛇行を繰り返しながら北上してベルギーを縦断、オランダへ入るとドイツ国境に並行するように流れた後、流れを大きく西へ向けてロッテルダムで北海へ注ぐ。

 ブリュッセルから電車を乗り継いで2時間ほどの小さな街リュスタンはそのマース川のほとりにあって、その駅から車でクルペと言うやはり美しい小村へ至る途中にこのポステ城はある。
 城は、城という建物単体であるわけではなくて広大な敷地を有しているのだから、その中の起伏に富んだ森の散歩道を散策するだけでも相当に楽しい。木陰でピクニックを楽しむ宿泊者もいた。
 後でガイドに聞いたところによると、そのお城のホテルにはアメリカからやって来る釣り人も良く泊まっていて彼らからの評判も上々だということだ。


 ベルギーでは何を食べても美味しかった。肉も野菜も魚介もパンもチョコもビールも。このお城のホテルも同様で、食事は朝晩ともビュッフェスタイルなのだけれど、それでもついつい食べ過ぎてお腹が苦しくなるくらい美味しいくて困った(笑)。
 その日は日曜日で、朝食が始まるのは8:30からだから僕は待ち合わせの9時に間に合わせるために大急ぎで朝食を詰め込んだ。本当はゆっくりと味わっていたいのだけれど仕方ない。2種類のパンとフルーツとコーヒーだけで我慢してロビーに行くと、すでにガイドのセバスチャンは待っていた。

 ベルギーのフィッシングライセンスは1年間用か15日間用かの2種類しかないということなので、セバスチャンは僕に15日間用を用意してくれた。その15日間の期限のうち、最初の一日だけを僕は鱒釣りに充てることができた。



その日釣った川の少し上流にはベルギー王室の別荘(やはり城だ)があって、当然その区間の川も王室に私有されているという。王室かどうかに関わらず私有されている川ではその所有者の許可がない限り釣りはできない。僕がこの日釣った川も私有地であり、所有者との仲介はガイドが行っている。ガイドのセバスチャンに聞くと「王室の川」では毎年何人かが密漁者として捕まっているそうだ。

 日本の長良川にも天皇陛下へ献上する鮎を獲る専用のご漁場があって、そこでは見たこともないような大型の鮎がひしめき合っている(笑!)と聞いたことがあるけれど、やはりベルギーでも丸々と太ったロイヤルフィッシュに目がくらむ釣り人は多いのかもしれない。



 この川で僕はグレイリングとブラウントラウトとチャブを釣った。

 セバスチャンが「シャブ」と呼んでいた、英語でチャブとも言うこの魚の、50cmくらいの大型も目撃していたのだけれど釣れたのは残念ながらこのサイズのみ。このチャブが以前カナダで釣ったクリークチャブと同じ魚かどうかは僕には分からないけれど、釣ることはできなかった大型のそれは丸々と太った野鯉のような体形とボラのような大きな丸い口、それに銀色の体色だった。写真が紹介できなくて残念。

 初めて釣った魚と言えばグレイリングだ。これも残念ながら小型の魚のみだったけれど、それでも初めてだから嬉しい。特徴的な大きな背びれの形と色が印象に残る。鮎に似てスイカともキュウリとも呼べる香りがすると聞いていたけれど僕には分からなかった。これを確かめるのは次の機会、僕の釣竿を根元からひん曲げるサイズが釣れた時に取っておこう。



 ヨーロッパの鱒と言えばやはりブラウントラウトだ。シューベルトが作曲した「ます」はこの魚を題材にしている、とは開高健の著書で知った。茶色い魚体、金色の腹、ポルカドットが眩しい。この魚を釣ると、実にフライフィッシングをしている気分になる。

 お昼になると川岸の木陰でセバスチャンが手作りのランチをふるまってくれた。
 チーズとサラダのサンドイッチ、自家菜園のミニトマト、オリーブの実、そしてカットチーズ。ミネラルウォーターの他に熱いコーヒーとチョコレート、それにビールまで用意してくれていたのはベルギーと言うお国柄か。



 河原の岩に腰掛け、口の広いグラスにビールを満たしてライズを待つ。
 「グラスに魚の絵が描いてあるだろ。これは鱒なんだ。昔、お姫様が湖で大切な金の指輪を落としてしまった。途方に暮れて泣いていると水の中から1尾の鱒が指輪を咥えて浮かび上がり、お姫様にリングを返してくれたって言うんだ。中世の言伝えだよ。」
 そんなお伽話を聞きながら土地のビールを味わい、鱒の影を探すのは、ここがいかにもヨーロッパなんだという実感がして楽しかった。



 そうそう、僕はこの川で初めてアトランティックサーモンを釣ったことも書き記しておこう。残念ながら写真を撮る前にセバスチャンが「タイニーサーモン」とボソッと言って流れに帰してしまったのだけれど。
 その12~3cmのパーマークは確かにサーモンの幼魚だった。恐らく2年仔だ。彼はこれからこの川を下り、ロッテルダムの河口から北海へ出て行くのだろう。強い運を持っていればやがて何年かしてこの川に戻って来るはずだ。
 僕は彼の成長を祈り、川を下り海の猛者と渡り合う彼の冒険譚を想像しながら、夜更けにベルギービールの栓を開けるとしよう。

 いつものように大きな魚は釣れなかった。ただ、深く満たされたのは確かだと思う。


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 釣りの詳細は、姉妹ブログサイト Paddle Freaks Outfitter 内のレポートをご参照ください。

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