2016年11月5日土曜日

雑魚釣りは硅竹で


 先日、『フィッシュ・オン』を開いたついでに改めて何度目か、何十回目かの再読を楽しんだのだけれど(笑)、同書の中で僕が一番好きなエピソードは「西ドイツ」で、「溝のような」小川でほのぼのと鱒釣りに興じる場面だ。


「・・・・・・これは溝じゃないか!」
「まあね」
「こんなところにマスがいるのかい」
「見ていてごらんよ」
 タクシーを帰すと、石の橋から牧場におりて、私は日本から持ってきた「硅竹(けいちく)」というグラスの振出竿に糸を結びつけた。(『フィッシュ・オン』「西ドイツ」開高健著)

 同書の中に添えられている写真からもわかる通り、鱒釣りではあるけれどその川は山岳渓流ではなく、起伏に富んだ牧場と小麦の実りが豊かな畑の隙間を縫って流れる小川の風景で、やさしく里川と呼びたい雰囲気だ。
 実は僕のホームリバーである、とある里川の雰囲気によく似ている。

 ところで、今日注目するのは作家が日本から持ってきたと言うグラスファイバー製の振出竿について。現在主流の細くしなやかで軽量なカーボングラファイト製と異なり、当時のグラスロッドは太く重いのですが、それでも1970年前後の当時は最新タックルだったと言えます。グラス以前は竹だったから劇的な進歩のはずで、リールで言うならアンバサダー以前以後くらいの違いはあるだろうな。


 この渓流竿は、和竿生産メーカーの老舗の一つであり、戦後いわゆる六角竿を製造しながら日本のルアー・フライ竿の発展にも重要な役割を果たした「喜楽(キラク)」の製品であることは分かっているものの、残念ながら詳しい生産年や長さのラインナップなど正確なことはまだまだ不明です。
 今のところ僕が確認した中では3.6m、4.2m、5.4mの3種類があり、またそれとは別に3.3mの長さでグリップにコルクがあしらわれたテンカラ竿仕様もあったようです。
 (*後日、テンカラ仕様の「毛鉤硅竹」も入手しました。)


 そのうち、僕が所有している「硅竹」竿は2本あり、 1本は14本継の3.6m、もう1本は18本継の4.2mです。いずれも仕舞寸法は31cm程度と非常にコンパクトでかさばりません。そして特筆なのは携帯時に破損することを防ぐためにアルミパイプのロッドカバーがついていることです。このカバーは釣竿本体の竿尻と共にネジがきってあり収納時はカバーと竿本体とが外れることなく一体化できます。もちろん少々重いという欠点はありますが、それよりも作りこみの見事さに感嘆します。特に4.2mの竿のカバーは単にアルミだけでなく表側にこげ茶色のスウェードっぽい布張りがしてあり、普及品とは思えない作りです。


 また3.6mの竿には巾着型の竿袋が付属しているのですが、4.2mの竿の方には合成皮の竿ケースも付属していると共に、そのケース内に別途細いアルミチューブに入ったスペアティップが付属しています。それも穂先、穂持ち、穂持下の3本が1セットで予備となっています。
 釣竿本体を見ても和竿メーカーとしてのプライドを感じます。3.6mの竿はいわゆるタバコブランクの質感を持ったこげ茶塗装ですが、各ブランクに手元に行くに従って薄くなるグラデーションがついていて、伸ばした時に竹の節を感じさせる雰囲気があります。また全体がシンプルな分、竿尻に金紙を敷いた飾り巻きがあり、気品を感じます。
 一方、4.2mの竿の方は、各ブランク毎に和竿さながらの研ぎ出し風口巻塗装がなされていて、ケースやカバーで見た通り高級路線となっています。


 『フィッシュ・オン』の中には作家が実際にこの「硅竹」を使って鱒の引きを味わっている写真も掲載されていますが、はっきりとはわからないものの釣竿にこの口巻風の模様があることが見て取れます。思えば氏はこの釣行の後、やがてABU社の最高峰タックルであるディプロマットやアンバサダー・デラックスを使って釣るようになります。「硅竹」も釣竿としての機能だけでなく、作家の審美眼に適ったといって良いのではないでしょうか。

これは10年くらい前の写真ですが、ハゼ釣りに
夢中になっていた頃も、この竿を良く使いました。

 オイカワ、カワムツ、ウグイ、クチボソ、フナにハゼ。僕が鱒釣りにこの竿を使うことはないと思うけれど、これからも雑魚釣りの相棒として活躍してもらいます。

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