2017年1月16日月曜日

狩人的小話③「鴨」

 もう30年以上も前のことだから言っても良いと思うのだけれど、父親の友人の一人にモグリの鉄砲撃ちがいました。モグリと言うぐらいだから本格的な猟師ではなくて、おそらく大工の頭領だった僕の父親の下へ出入りしていた職人の一人だったのだろうと思う。
 冬になると鉄砲を持ち出して、枯れた葦の密生する湿地に潜んでは渡り鳥を撃っていたようです。当時、僕の実家に隣接していた下小屋(大工仕事の作業場)に何度かその鉄砲を見せに来たことがあったのですが、その中で一度、僕も空気銃を撃たせてもらったことがあります。枯れ山に入ってスズメを狙ったことや、足元に並べられたスズメの姿を覚えてはいるのですが、果たしてそれらが自分で撃ち落とした獲物だったかどうかまでは記憶が残っていません。
 食べるのかと聞いた時に「骨ばっかでちっとも美味か無ぇ」と誰かが吐き捨てたセリフも覚えています。

マラード・フランクフェザー(鴨の脇腹の羽)をウィングに使った
ウェットフライで仕留めたブルックトラウトのモンスター!

 モグリはともかく、冬場の鴨撃ちは子供の頃の見慣れた風景の一つと言って良いでしょう。
 川岸に並んだテトラポットの隙間に埋まって北風を避けながら焚火を起こし、ホイルに包んだ芋を焼きつつ遠い「当たり」を待つのが、その時期、僕の鯉釣りの定番でした。テトラが入っている辺りは流れがカーブする時の外側の岸だから、魚が潜むであろう深みはすぐ足元にあります。リール竿に付けた吸込み仕掛けを流れにそっと投げ入れて糸の出が止まるのを待つのですが、緩やかに見えても水中の流れは案外強いようで20号位のナツメオモリは結構な距離を下流に流されていきました。穂先に鈴を付けて魚の当たりを待ち続けるのがこの釣りだけれど、狙っている真鯉が釣れることはほとんどなかったと思います。
 頭の上を吹き抜ける北風と鼻水に耐えながら竿先の鈴が鳴るのをただただ待ち続けると、ヒューであったり、ヒュルであったり、ビョウであったかもしれない耳元での北風の声の中にはじめは微かな高音が混じっているのに気付く。足元の焚火の炎を見つめていた目を上げ、視線の先に竿先の鈴をとらえた時には、シャシャシャーと連続する乾いた金属音と竿先がビンビンはじかれている様子に胸が高鳴る。すかさず釣竿に飛びついてリールのハンドルを回すのだけれど、期待をよそに水面に顔を出すのはハヤ(ウグイ)やニゴイがほとんどでした。それでも何か釣れることが嬉しかったな。



 そんな冬の釣りの合間に、パラパラパラッと水面に何か降ってくることがあって、それが渡りの鴨を撃つ散弾銃の玉だと教えてくれたのは、その日、たまたま近くで釣りをしていた知らない大人だった。あまり近づくな、とも言われたような気もする。
 常に冷たい北風が耳元で鳴っているからあまり気にしていなかったのだけれど、確かにパラパラの前にパァンパァンと乾いた音が聞こえていた。僕のポイントの上流の方で中州側に四角い小さな小屋が幾つか立っている。恐らく泥の岸に角材を掘っ建ててベニヤを打ち付けただけの粗末なサイコロで、ベニヤ姿そのままのものもあれば、葦を貼り付けるようにしてカモフラージュしているものもある。鴨撃ち小屋だ。傍らにはそれら小屋のある中州へ渡るためだろう、和船が無造作に枯れ葦の中に突き刺さっていた。
 どうやら中州の辺りはほとんど流れがないようだけれど、撃たれもせず銃声を聞いても逃げることもなくずっと流れにとどまっている鳥が何羽か浮かんでいた。本物の鴨をおびき寄せるための「デコイだ」と僕に教えてくれたのはモグリだった。
 ちなみに後年知ったところによると、ある種の釣り人(僕もそうだ)が懐古趣味に魅せられて古い道具やルアーを集めるように、狩猟家の中にも古いライフルやナイフ、或いはビンテージデコイを集めることに熱を出す人が少なくないといいます。
 また蛇足のついでに付けたすと、アメリカ(北米)やヨーロッパの国々では魚釣り専門店と言うのは案外少なくて、釣具と猟具の両方を扱っているお店がほとんどです。したがって両方を趣味にしている人も多く、ハンティングとフィッシングの接点は日本で僕らが思っている以上に大きいようです。

 鴨は美味しいなぁ。鴨鍋や鴨南蛮は言うに及ばず、グリルもローストもスモークも美味しい。渡り鳥だけあって世界中で賞味され、つまり当然狩猟されています。さらに鴨は水鳥だ。で、あるからもちろん毛鉤の材料に用いられてきました。鴨をその材料(マテリアル)にしたフライパターンはたくさんあるけれど、僕が好きな幾つかを紹介しようと思います。

 まずは水面に浮かべて使うドライフライから。
 鴨の羽の明るい部分をドライフライのウィングに用いたパターン。羽(クイルウィング)を用いたドライフライはクラシックなスタイルのフライに多いです。


 鴨の脇腹にある柔らかい羽根(フランクフェザー)をドライフライのウィングに用いたパターンの「ライトケーヒル Light Cahill」。

ライトケーヒル

 同じくフランクフェザーを用いながら、別のウィングの表現をしたドライフライもあります。これはウィングを壁のように面で構成しているから、ウォールド・ウィング Walled Wing と呼ばれています。

ウォールドウィングのドライフライ

 次に紹介するのは、水面に浮かべるドライフライに対して、水面下を泳がせるウェットフライのパターンです。鴨の羽にはすでに紹介したグレー系の羽根のほかにメタリックブルーの光沢のある羽根もあります。これはブルーマラードと呼ばれ、さらに先端の白い部分はホワイトティップ・ブルーマラードと呼ばれて区別され、それぞれの特徴を生かしたフライに用いられます。
 ちなみにマラード Mallard とは鴨の意です。

ジョックとブッチャー

 ブルーマラードをウィングに用い、テイルとハックルのレッドが印象的なフライ(上写真・右)はイギリスのクラシックフライを代表するウェットフライ「ブッチャー Butcher」で、ホワイトティップブルーを用いた黄色と黒のコントラストが美しいフライは「ジョック Jock」と呼ばれています。

 
ちなみにジョックは、もともと有名なサーモンフライである「ジョックスコット Jock Scott」をトラウト用に簡略化したフライでもあるそうです。
 また蛇足ですが、冒頭の写真でブルックトラウトが加えているのは、ドライフライで紹介したフランクフェザーをウェットフライのウィングに用いたメイフライ・イマージャー(カゲロウの羽化状態)のパターンで僕が最も信頼しているウェットフライの一つです。

 あぁ、鴨が食べたいな(笑)。

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