2017年1月5日木曜日

狩人的小話②「鹿」

 都心に住んでいる関係で、主に釣りに行くのは東京近郊の川がメインとなる。湖へ行くこともあるけれど、やはり流れの中で毛鉤を振る誘惑は耐え難いな。僕のホームリバーは郊外の観光地も近い里川なので、それなりに地元漁協の放流はあるものの春先から様々な釣師が集まるから渓魚たちが廃れるのも早い。
 3月の「渓流解禁」の声を聞くと居ても立ってもいられず川へ向かうけれど、最初の月は地元の餌釣り師に挨拶に行くようなもので、ほとんど釣果は見込めない。水生昆虫の幼虫を模した毛鉤「ニンフ」を使っても、さて一日やって2、3度当たりがあるかどうか。スーパーの買い物袋に無造作に放り込まれたヤマメを片手に、「今年は釣れないねぇ」なんてにこにこ顔で挨拶を返してくれる老エサ釣り師が羨ましくないと言えば嘘になるだろう。



 気温も上がり、羽虫が飛び交うシーズンの釣りのことはまた後で書くこともあると思うけれど、そういう季節は本当にあっという間に過ぎ去って、東京近郊の標高の低い里川は7月になるともう鱒釣りの終わりを予感せざるを得ない。まず鱒が元気に泳ぐには水温が高過ぎる。例えばヤマメなど渓流魚の適水温は8~18℃位らしいけれど、6月も終盤になると水温が20℃を超えるし盛夏となれば25℃をはるかに上回る。
 それでも時折2年仔に満たないベイビーが毛鉤を加えることがあるから、鱒たちはその過酷な夏をブッシュの影に身を潜ませ懸命に生きながらえているのだろう。その生命力には驚きと尊敬の念を禁じ得ない。 とは言えそんな高水温化の夏場になると鱒たちも夏バテをしていて積極的にえさを追い回すようなことは無理だろう。
 この川で夏の鱒釣りが困難になるもう一つの理由は、川岸の一面がススキや背の高い雑草に覆われて物理的に川へのエントリーが不可能になること。先ほど「過酷な夏をブッシュの影に身を潜ませ懸命に生きながらえているのだろう」と書いたけれど、正にその川を覆いつくすほどのブッシュが鱒たちを暑さからも釣り人からも守っているのだと思う。
 もちろん橋の周りや定期的に釣り人が入る場所などアクセスしやすい場所もあるのだけれど、エサを追わない夏バテの鱒をそうまでして・・・と思わなくもないのもまた本音と言える。


 さて、そんな僕のホームリバーであるけれど最上流部まで上っていくと深く険しい山脈につながる。釣り師はもちろんハイカーにも人気らしいけれど、昨年(2016)は全国的にそうであったように熊の目撃情報が多く、また実際に人的被害も出た。軽症で済んだらしいとは言え、やはり熊との遭遇は避けたいところだ。熊以外にも猪や鹿も多く、特に鹿の生息数は近年特に増えているというけれど、これもまた全国で同じような悩みが多いそうだ。日本の山林にかつて君臨していた肉食獣が絶滅してしまった以上、草食獣の発生数に歯止めが利かなくなるのは必然なんだろう。
 この川も比較的住宅地に近い場所ではあるけれど、姿は見せないまでも足跡はそこら中に確認できるし、骨が落ちていることも多い。時折周りの山の斜面のどこか近い場所から啼き声が聞こえることもある。キャ、キュ、キョというそれぞれの音のちょうど中間くらいの音に聞こえると思うのだけれどどうだろう。


 もちろん狩猟も行われてる。上の写真は川のすぐ近くにある、とある猟師の家で、軒先にずらりと並んでぶら下がっているのは家主が仕留めたトロフィー、鹿の角だ。蛇足ながら、このお宅では山に放したミツバチから自家製の蜂蜜を製造しているので、僕は釣ったヤマメは川へ放してこの家で蜂蜜を買い求めお土産にしている。
 
 また、釣りの最中に鹿狩りのグループと出会うこともある。昨夏も一度見かけたし、数年前の秋には川のそばで獲物の鹿を解体している最中のグループに出会った。その時の彼らは自治体の依頼を受けた害獣駆除と言う名目だったらしく、毎年決められた頭数を撃っているのだと教えてくれた。


 物珍しかったので解体の様子をしばらく見学させてもらいながら話を伺っていたのだけれど、ついに最後まで「ちょっと肉持って帰るかい?」なんていう気の利いた言葉を引き出せなかったことが残念だ。今にして思えば、肉はともかくせめて毛皮の一片なりとも分けてもらえたら良かったな。その川を縄張りにしていた鹿の毛を使ってトビケラの毛鉤でも巻いたら、いつもよりきっと釣りが愉しくなったんじゃないかな。

 それはそうと、この日のことを思い出すと少々悔しさもこみ上げる。悔しいのは肉や毛皮をもらえなかったことではなくて、別れ際にぼそりと言われたハンターからの一言だ。
 「この川じゃ釣れないでしょ。」


ちなみにトビケラのフライを巻くときには鹿の仲間である「エルク」が用いられることが多い。エルクヘアカディスと呼ばれ、トビケラ(カディス)のイミテーションではあるけれど、ある種のカゲロウに合わせても良いし、夏は陸生昆虫の代わりにもなる万能フライだから、日本の渓流釣りではなくてはならない毛鉤の一つだ。フライフィッシングを始めるビギナーにはとりあえずこのフライを勧めることが多いし、実際、ドライフライの季節ならこのフライだけを使っていても何とか釣りになってしまうのも事実だと思う。
 上の写真がそのエルクヘアカディスだけれど、写真の右側に映っているのは出来が悪い絨毯ではなくて、フライを巻くために刈り込まれたエルクの毛皮パッチだ。

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